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中国の不思議な資本主義 (中公新書ラクレ 247)中国の不思議な資本主義 (中公新書ラクレ 247)
(2007/06)
東 一眞

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 笑傲江湖に関する云々はソロソロエンディングに近いわけですが、次は「天龍八部」について書きたいと思っております。 それで、先週から再読しはじめたのですが第5巻(草原の王国)まで来てビックリ。 最初に読んだ時この巻は「とばしてました」、なぜか?買う時に在庫が無くて取り寄せだったんですね。 その間にトントン拍子で読み終わってしまったようです。 というか、無駄に中身が濃すぎますよ「天龍八部」(笑)。

 さて、首記の本ですが、先日ゲーム理論などを持ち出してしまったのと、最近の中国経済について小冊子・新書的なのを読みたいと思い、検索してでてきたのがコレでした。 バルトーク名曲をもじった面白いタイトルです。
 この本のAMAZONの読者書評にこんな事が書いてありました。
 反復「囚人のジレンマ」ゲームにおいて「全面裏切り」戦略は常に集団安定で、別の戦略は単体では進入不可能。ところが「しっぺ返し」戦略が一定数以上になると「うちわづきあい」集団を構成し、「全面裏切り」集団の中に進入出来る。もちろん著者は「全面裏切り」集団を中国社会全体、「うちわづきあい」集団をネットワークに該当するものと考える。
 あれれ、「しっぺ返し」戦略・・・ 何だか同じようなことを「先に」(笑)言ってますね。 ということで、買って読んでみました。

 この本の『要約』ですが次の通りです。
 現代中国の社会生活で起きる「並ばない順番待ち」「誰も降りない満員のエレベータ」「誰も譲らない交差点」などにはじまり、政治経済現象の「党・官僚の腐敗・汚職」「ニセモノ・物真似(知的所有権侵害)」「儲かる商品への過剰参入・無秩序競争」等の例をあげ、「欧米日などの資本主義諸国にある、宗教的な源流をもつ、或いは世間様のような社会規範が無い」からおきると指摘しています。 一方「親族や友人の相互扶助ネットワーク」=「うちわづきあい」内の「規範」が強いことをあげ『二重構造』だといっています。
 このような社会構造のもと展開される資本主義経済は、「拝金主義」と、前記の『二重構造』の社会規範から「ヘデラ(蔦)型資本主義」と呼び、米国型資本主義との親和性、日本への悪影響などを論じています。
 ではどうするの? 「それを承知してお付き合いしましょう」 位の回答ですが、ただの「煽り」ではなく分析はなかなか面白いものでした。

 そして、最後に「ゲーム理論」を元に「試論」を展開されています。 そこでは、
 現状の中国の状態はまず個の利益ありき、また個が最適と判断しても結果最適解にならない「囚人のジレンマ」状態で、これを解決する社会規範がない。 それゆえ「全面裏切り」状態でどんな戦略も単独で侵入できない「集団安定」化している。 この状態は「ジレンマ構造」である。
 その通りと思います。
 続いて・・・
 単独で「全面裏切り」の集団へは侵入できないが、「しっぺ返し(tit for tat)」戦略の集団が複数でお互いに「うちわづきあい」をして侵入すると、生き残れる。 これが「親族や友人の相互扶助ネットワーク」=「うちわづきあい」集団である。 そして、個は「うちわづきあい」集団内では「全面協調」し、集団外では「全面裏切り」する。
 これは著者が少々説明不足の感があります。
 こういうことだと思います。
 『「全面裏切り」の社会において、個々人が何らかの要因から「しっぺ返し」戦略をお互いに約束すれば、その個人の集団は「うちわづきあい」集団となり、各個人はより生き残りやすくなる。 そして、「うちわづきあい」集団同士が「しっぺ返し」戦略をお互いに約束すれば、「全面裏切り」の社会でその集団はより生き残りやすくなる。』 
 相互に「しっぺ返し」戦略を約束するということは、「最初は裏切らない。 相手の「手」に合わせてこちらの手をかえる。 裏切られたら裏切るよ」ということですが、この「規範」を守ることにより個々人が集団になり、集団同士が「うちわづきあい」していく、ということだと思います。
 著者は『個は「うちわづきあい」集団内では「全面協調」し・・・』としていますが、この約束が守られている限り「全面協調」しているように見えますが、背景には集団内で若し裏切ったら「裏切るよ」「同調しないよ」「報復するよ」という「しっぺ返し」の前提があるわけです。 そうでないと、集団は成り立ちません。

  この「うちわづきあい」の規範が、「義」と同じ意味での「しっぺ返し(tit for tat)」戦略であると思います。

 ここで、AMAZON書評の方が
 ただ疑問もある。アクセルロッドの事例では「全面裏切り」集団と「しっぺ返し」集団は相互に独立で重なり合わないが、現実の中国社会では同一の人間が「親族や友人」には協調を、ネットワークの外には裏切り戦略を取って使い分ける。この差異はゲーム理論として定式化可能か? また、結果に違いを生じないのか?
 と書かれていますが、この回答は「武侠小説」を読んでいれば簡単で(笑)、「「うちわづきあい」集団の内で「しっぺ返し」戦略を守る」こと、集団外には「集団内の約束を守る」(=集団外にはしばしば「裏切り」となる)ことが個々人のルール「自己規範」としてあるからで、これを守らなければ確実にその集団から「裏切られる」=「除外」「抹殺」からだと考えます。
 このような集団は特別中国にのみあるわけでなく、世界中いたるところにあると思います。

 『「全面裏切り」が前提となるような社会・時代』を背景とし、『「うちわづきあい」集団の内で「しっぺ返し」戦略を守ること、集団外には「集団内の約束を守る」ことが個々人のルール「自己規範」』のなかで、人間関係の「情」と「理」の「板ばさみ」となり、苦悩する。 そしてそれを乗り越えていく。 というのは、「武侠小説」の真髄でもあるわけです。 中国でなぜ「武侠小説」が成り立ち、愛読されているかということとつながっていると思います。

 そして、僭越ながら、中国の「うちわづきあい」集団つまり「親族や友人の相互扶助ネットワーク」を捉えようとするなら、
 ・「全面裏切り」戦略しかとりえない社会であるかの見極めとその理由は何か
 ・「うちわづきあい集団」を形成する要因=集団が個に与える利得、つまり「個がその集団に帰属し続ける理由」
 ・かつては儒教的なものとして制度化された「自己規範」の形と中身とその強さ
をみていくのが良いのではないかと思います。 この辺で終わります。

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