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 しばらくレビューをサボってしまいました。 あまり史実に基づいた展開というのが好きではないので、3週間分一気にいきます。
 以前も紹介しましたが、李自成の乱と明の最後はこの本が詳しいですし、物語のように読ませてくれます。
 
中国民衆叛乱史 3 明末~清1 (3) (東洋文庫 408)中国民衆叛乱史 3 明末~清1 (3) (東洋文庫 408)
(1982/01)
不明

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 碧血剣で笑傲江湖の話もなんですが、金庸はかの「あとがき」の書き出しでこう述べています。
  「智者と勇者の大多数は積極的で進取的である。 道徳の基準が彼らを二つのグループに分けている。 大多数の人の為に福利をもたらすことを努力目標として考えている人が善人で、おのれの権力や名誉、地位、物質的な欲望にしか眼を向けず、他人に害を与える者が悪人である。 善人と悪人のスケールの大きさは、その恩恵を施した者や、損害を与えた者の人数と程度によって決まる。 政治はほとんどの時期において悪人が権力を握っているので絶えず誰かが権力者に取って替わろうとするものである。」
 そもそも「福利」とは何ぞやとか、文章の前半と後半が本人の「意思」「努力」と「結果評価」という矛盾する言説になっているのは金庸らしいのですが、この辺は「笑傲江湖」の最後のレビューで書きかけなのでこの辺で・・・。
 市井でも本人の「意思」「努力」が、その「対象とのズレ」や「時代性(外的要因)」で報われないことは、報われることより何十倍も多いのですが・・・。 政治にとって「結果」自体が非常に相対的なものであり、この視点からは論っても何も出てこないでしょう。
 とにもかくにも、『崇禎帝!貴方は「善き人」です』・・・。

 故宮と景山公園は、以前記事にしましたが’86年に初めて中国に渡った時行きました。
 この頃の故宮は観光客も少なくノンビリしていました。 ぺんぺん草もいっぱい生えてました。 崇禎帝もこの同じ「天空」を「仰いだ」のでしょうね。
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 景山公園の入り口です。 景山は所謂「築山」で、お堀を掘った土とか、石炭の燃え滓とか聞いたことがあります。 北京市街はホントに「平坦」です。 その中に「ポツン」と立つ景山。 『崇禎帝』の孤独と何か一致します。
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 丁度、遠足というか屋外散歩の小学生が来ていてその「耀さ」に「フツウ」を感じたことを思い出しました。 あれから22年ですか・・・、彼らは今回の五輪ではどんな役割を担ったのでしょうね。
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 頂上から見た故宮です。 伝説の首縊の木は確か中腹だったと想います。 登る時「これだ」と気づいたのですがあの頃は唯の「説明の立て札」があっただけのような・・・。 写真はありません(苦笑)。 『崇禎帝』は最後どんな気持ちで宮殿(焼失したはず)を見たのでしょうね。
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 というわけで、今回は『唯の善い人「崇禎帝」』に合掌・・・。 最後、血に汚れた服を気にしてこすったりするところは中々の演出でした。

 さて、ヤツレタお顔とマッシロな(喪服でしょうね)お姿がさらに美しい「阿九」公主と、相変らずな「青青」がお話を引っ張っていきます。 青青が華山に温の爺様たちに拉致されて連れられる道行きは結構面白いところなのですが・・・。 その辺は改めて。
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