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 前半は原作より阿九公主の出番を無理にでも多くしてまあ期待通りでしたが、このキャプをもう一度貼りますけれど、最後の方はこの四人でもっと盛り上がるとよかったのになあ・・・と。
 紅薬姐さんと青兄は実は母娘だったとか・・・(天龍八部か!)、雲南五毒教跡取り娘と、破門され西蔵を彷徨った玉真子との因縁とか(笑傲江湖ですか?)・・・なんてね。
0heki008

 さて、真面目な話・・・
 金庸の小説の最初の2作「書剣恩仇録」と「碧血剣」の主人公、「寝返った不義なる書生」「優柔不断な名門のお坊ちゃま」などといわるように評判の悪い「陳家洛」と「袁承志」には、金庸の「青年時代の姿」が強く反映されているのかな、と思っています。 「陳家洛」の最後の決断は「それが今の私の限界です」・・・という内容であるし、「袁承志」は時代の激動に「家族意識」(親族+イエ社会)と「己の思う所」(士大夫的伝統思想)が翻弄されたまま「逃げざるをえない」わけです。 ひとつの文明が破壊的に変革する中では、後で「言い訳やカッコつけ」は出来ても、その時はそんなに「強い人間なんていない、強くいられるはず無い」みたいな視点で、主人公の在り様をあえて「武侠小説(物語)の定型」にあてはめず描いたのだと考えます。 そして、以後「ではどうあるべきなのか・・・」を、主たる長編で郭靖、楊過、張無忌、喬峯、令狐冲、と切り口を変えながら描いてきて、最後「どうあるべきかなんて答えは無いし、答えを出して是非・正邪・善悪をつけるべきではないよ」というのが、鹿鼎記の「韋小宝」モデルの一面であると思います。
 また、終盤の「大順」の描き方は、金庸自身が、結果的には悲惨なまでにラジカルな「破四旧(旧文化、旧思想、旧習慣、旧伝統を打破する)」まで行き着いてしまった現王朝の『交替初期』に、「期待」と「違和感」と「異議」と「失望」を感じていた故だと思います。 もちろん「史大夫的青年」はあちら側から「拒否」されたはずでしょうが。
 小説では袁承志は「西南海外浡泥国」(ブルネイ)へ「逃げて」しまうわけですが、実は(もちろん)その先はブルネイではなく「上海経由」「香港」であるわけですね。

 で、ここからは余談です。 金庸先生の婚姻関連のことはまったく分かりませんし失礼千万はお許しの程・・・ですが、もし、先生が青年時代からのお付き合いで結婚され香港に同行されたとすれば、「青青」が奥さまに当ることになるわけで・・・あんな「xxxな性格」をしていたんでしょうか? それともあのようなカップルが傍にいた??  それと先生にも阿九のような「手の届かぬ存在の、次元の違った思い人」がいたんでしょうか・・・などとまったく失礼な想像をしてしまいます。

 最後に、やっぱりこの人は素敵でした・・・。
feifeilast

 さて来週からは 『雪山飛狐の胡斐残説』  ですな・・・。
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