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60ピース 開運キティだるま60ピース 開運キティだるま
(2007/10/26)
不明

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 面壁といえば達磨大師、九年でしたっけ・・・。 大師兄はじっとしてられなかったようです、心身とも・・・。 こんなパズルをやっていれば時間つぶしにはなったかも。

 小師妹はあっさり林平之に「転んで」しまいました。 彼女は『「碧水剣」を失い「福建の山歌」を獲る』わけです。 「剣」=「強さ」=「男の象徴」、「剣術」=「男性誇示」などという分析めいた事が思い浮かびます。 「福建の山歌」は、司馬遼先生によれば「変声期以前の少年の声ともいえるし、それよりも細く、童っぽい。少なくとも西洋ふうの男性誇示(マチズモ)の声ではない。」つまり非男性的なものです。 大結局が判るとこの辺は唸ってしまいます。 
 それまで常に末弟とされてきた小師妹は、林平之を弟弟子にすると言い張りそう呼ばせ扱っています。 単なる父性・母性以上の存在で克服困難な実の両親(二人とも師父ですから二重に「親」です)の、『代役の「大師兄」』を乗り越え、林平之を「かまう」ことにより少女剣士から脱し偽の「母性」の獲得するというような・・・。 生まれたときから実の兄以上の存在だった大師兄を克服し自立したい、『エディプスコンプレックス』とか『阿闍世コンプレックス』の克服」のようなものでしょうか。
 
 ドラマでは林平之が谷底に落ちた「碧水剣」を探し、結局「剣は見つからず「総(ふさ)」しか見つからない」というシーンがありましたが、これには「ニヤリ」でした。 
 そして、令狐冲にとって「妹」である岳霊珊を奪った「福建の山歌」は「トラウマ」のようになり、「冲霊剣法」の甘い記憶、「碧水剣」を飛ばした悔恨、などとともに彼を最後まで苦しませることになります。

 なんだか小難しくなったのでこの辺で・・・。本物の福建の山歌を聴いてみたいもんです。
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