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2004年-プアール沱茶 KH-23 甲級2004年-プアール沱茶 KH-23 甲級
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不明

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ティーブレイクは雲南プアール茶が宜しいようで・・・。減肥効果もあるとか。
さて、二時限目です。小説技法の練習を続けます。
 6)時間  7)性格描写  8)アイロニー  9)声  10)イメジャリー まで
以下ネタばれ多数ですので。
6)時間
イ)用語の定義
 a)アナクロニー:ストーリーとプロットの順序が合致しない場合
 b)後説法:出来事を語っている途中で過去の出来事や場面に移行する方法。  「フラッシュバック」とも言われる。 三人称の語りでは容易に作者が操作できる。 一人称では回想・手記・手紙などの手法が用いられる。
 c)先説法:まだ生じていない出来事を予知的に示す方法。  「フラッシュフォワード」とも言われる。  「伏線」もこの一種
 d)イン・メディアス・レース:ある程度進行している物語の途中から語り始める
 e)時間標識:作品の中の時間を特定する材料となる具体的情報。史実・風俗・実在する人物など。
 f)物語の速度:作者は時間の進み方をコントロールし小説のメリハリをつける。
 ・「省略法」:ある期間を飛び越して一気に時間を進める。 「それから二年後彼は・・・」など。 期間を明示することを「限定的省略法」、あやふやなものを「非限定的省略法」という。
 ・「要約法」:ある期間の出来事の一部を抜き出し要約して時間を進める。 「この一ヶ月は会議や出張が続き自宅にあまり帰っていない・・・」など
 ・「情景法」:理論上物語内容の時間(書かれている時間)と物語言説の時間(読み進める時間)の速度が一致している場合。
 ・「休止法」:語り手が物語を中断させ、登場人物が誰も見ていないような光景や情報を示す場合。
ロ)本作では
 a)前述したように「アナクロニー」であり「イン・メディアス・レース」である。 三人称の語りによる「後説法」が多用される。 これがあまり多いと「ネタバラシ大会」になり面白みが薄れるが、本作では出し方と出す内容のバランスがいいと思う。 そして、読者に更に「本当のこと、細かい出来事」があるのでは、と思わせる。
 b)第五章あたりまでは、初読時には気がつかない程度の「伏線」が至るところに張られている。
 c)作者があとがきで「あえて時代設定をしない」と言っているが、時間認識のネタは多々あり、読者の興味の対象になっている。
 d)場面変換の際は「省略法」「要約法」をうまく使っている。 章の区切り、文中の空白での行区切りでの場面転換もうまい。
 e)「情景法」は主に闘いの場面で使われる。 読む速度と小説内の時間がかなり一致する様書かれており、緊迫感・リアリティを確保している。 欲を言えば、東方不敗との一戦はもう少し長くてもよかったかもしれない。
 f)「休止法」は使われていないと思う。


7)性格描写
イ)用語の定義
 a)「キャラクター」:登場人物そのもの。 登場人物の特性や行動様式つまり「性格」をさす場合もある。 後者が一般的かもしれない。
 b)「キャラクター」は小説の最も重要な要素であり、その描き方が小説の魅力
ロ)本作では
 a)「武侠小説」というジャンルでは、登場人物の外観・内面の描写、あだななど加え、その人物の「武術(技・得物・戦い方)」がキャラクターそのものとなる。 金庸の後期になるともはや「武術(技・得物・戦い方)描写」のリアリティは度外視され、キャラクターを描くための一種の「メタ言語」化している。(本作は小説の主題からかまだ合理性があるが)  「Aさん」が「B」という武術を習得するのではなく、「B」という武術こそ「Aさん」たる所以となる。 「独孤九剣」の「攻めのみで型は無く自由に変化する」「相手の弱点を見抜きそこをつく」「相手が強ければ強いほど威力が増す」などは、令狐冲のキャラクターそのものである。
 また、各登場人物の物語における心・技・体の変化を、その時点の「武術のありよう(強弱など)」で描いている。
 b)「華山派掌門・岳不群」「日月神教元教主・任我行」など、組織の名称・役職・地位といった肩書き付で描かれる人物(政治的人物)と、肩書き無用、又外そうともがく人物との「生き方」の差・比較が小説の主題のひとつになっている。


8)アイロニー
イ)用語の定義
 a)「アイロニー」:一般的には、見かけと現実の相違が認識されること、またそこから生じてくる皮肉のこと。
 b)「言葉のアイロニー」:表面上述べられていることとは違う意味を読み取らせようという修辞的表現である。 これは隠喩(メタファー)や直喩など他の修辞技法とは異なり、解釈という行為をとおして認識される。
 c)「状況のアイロニー」:意図されたり予想されたりしていることと、実際に起きていることとの間に相違がある場合をさす。
 d)「劇的アイロニー」:ある状況に関する事実と、その状況についての登場人物の認識とが一致していないことに、観客・読者が気づく場合に生じる。
 e)「信頼できない語り手」の使用などにより、見かけ(語り)と現実の相違=アイロニーを生み出すことが出来る。
ロ)本作では
 a)「あとがき」によれば、作者が『描きたかったのは、人間における普遍的な性格であり、政治生活の中に常時見られる現象』である。 狭義の「政治」は「社会的利益の奪取=権力闘争とその手段」であり、一般の「武侠小説」の仁義と武術を重んずる価値観と違った世界である。 よって、小説の文法・読者の予見と、書かれているはずのことにズレが生じる。 つまりこの小説自体が「アイロニー」である。
 b)もちろん小説(フィクション)なので、全編に満ちたアイロニーを、個々の読者がどんな読み方をしようが自由であり、正誤はない。 権力闘争の参考書と読もうが、欲におぼれた人間の悲劇と読もうが、恋愛のマニュアルにしようが、魅力あるキャラクターの武闘シーンを楽しもうが・・・ 全て自由である。
 c)そして、狭義の「政治」だけではなく『社会的存在としての人間のありよう』が描かれていると思う。


9)声
イ)用語の定義
 a)「モノローグ的」:作者の単一の意識と視点によって統一されている状態。
 b)「ポリフォニー的」:多様な考えを示す複数の意識や声が、それぞれ独自性を保ったまま互いに衝突する状態。
ロ)本作では
 「ポリフォニー」である。


10)イメジャリー
イ)用語の定義
 a)「イメジャリー」:ある要素によって、想像力が刺激され、視覚的な映像などが喚起される場合、そのようなイメージ(心象)を喚起する作用をいう。
 b)「メタファー」:あることを示すために、別のものを示し、それらの間にある共通性を暗示する。
 c)「象徴(シンボル)」:特に類似性のないものを示して、連想されるものを暗示する。
 d)「アレゴリー」:具体的なものをとおして、ある抽象的な概念を暗示し、教訓的な含みを持たせる場合。
ロ)本作では
 a)場面の例: 第七章「面壁」で岳霊珊は、令狐冲と二人で作った「冲霊剣法」ではなく、新たに習った「玉女剣」で剣戟し、令狐冲に大切にしている「碧水剣」を谷底に飛ばされる。その後岳霊珊は令狐冲に会い来た際、林平之から聞き覚えた「福建の山歌」を何気なく歌い、令狐冲はこれに衝撃を受ける。
 ・岳霊珊は「碧水剣」を失い「福建の山歌」を獲る。 「剣」=「男性的なもの」の象徴=兄としての令狐冲。「福建の山歌」=対歌=恋愛、非男性的な声=林平之。 
 ・「冲霊剣法」=思春期的恋愛の果実。「玉女剣」の習得=大人の剣法・思春期からの成長。
 ・令狐冲は岳霊珊を失い「福建の山歌」、思春期の記憶「冲霊剣法」がトラウマのようになり苦しめられる。
 b)武侠小説という、江湖(ヨコ)・武林(タテ)の仮想空間において小説自体(構造・物語・場面展開・キャラクター・科白などすべて)が「メタファー」である。
 ここで「示されるあること」は、ある時代や事件を喩えたものではなく、抽象化された「政治的なるもの」つまり前述した「社会的存在としての人間のありよう」である。 読者は現実社会(企業・学校・地域など)の出来事と、自らを含めた人間のドラマを小説の中に観ることが出来る。
 b)この物語は全体がメタファー・アイロニーであるが故、もうひとつの意味体系が出来ており、「寓話的物語」といえる。 只、それは単一の解釈に収まるものではない。 例えば「自宮」は、目的の為には「人間性を放棄する」、「全てを捨てる覚悟」など、読者によって違った解釈となるだろうが、それで「よし」と思う。
 c)この小説が書かれたのは中国の文化大革命の初期であり、各キャラクター・事件を同時代に置き換えていくと、多種多様な喩えが可能であるが、眼前の風刺だけがこの小説の本質ではないと思う。
 しかし、「あとがき」が書かれた’80年以後の、小平復活・社会主義市場経済・第二次天安門事件に至る流れが、任我行・吸星大法・江湖統一と重なり、あとがきの最後「類似する情景が、いかなる時代にも起きうることを示している」の一節に背筋が冷たくなった。


 「あとがき」であそこまで自己解題されちゃうと、それに依存した読み方になってしまいすね。 ここから何処までいけるかなんですが。
 さて、一休みして三時限目へ・・・。
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