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天龍八部〈6〉天山奇遇天龍八部〈6〉天山奇遇
(2002/08)
岡崎 由美、金 庸 他

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 第5回から続きます。  第六巻の表紙の絵は虚竹ですね。 うーむ、やっぱり天山童姥と虚竹の絡みは、しみじみとお話を辿って何か書いてみたい絶世の一編です。
 これはさておき、今回の本題は「喬(蕭)峯」の段です。

 雁門関、対「遼」戦争、身内の裏切り、自死、民族の英雄・・・まるで「楊業」?。 「紅楼夢」に続いて武侠『楊家将』」ですか?、なんてツッコミもさておき・・・。 実は小生「楊過」と並んで「喬(蕭)峯」の描かれ方は嫌いです。 「楊過」は、「過剰なヒロイズム」を否定する書き方をしてきた金庸が、自らの筆力に酔いしれ「絶対的ヒーロー」に仕上げてしまったこと。 そして「喬(蕭)峯」は、そこに至る経緯に反し「自死」を選んだこと。 によります。

 「喬峰」は登場時から丐幇の幇主という「社会的地位」があり、武功も超一流、豪放磊落な性格から人望を集めている、と既に「完成」された人物です。 その彼の出自が世間に明らかになってくるとともに、組織内外の権力闘争・謀略に利用され、彼自身の「アイデンティティ」が崩壊、恢復することなく自死に至ります。 まず完成した人物の崩壊という形は金庸の主人公達にしては珍しいことです。

 「喬峯?蕭峯?」どっちが本名?。 どうでもいいレベルですが、Wiki日本語は「はじめ喬峯、のちに蕭峯」、Wiki中文は「喬峰」、百度は「蕭峯」、SINAドラマ紹介HPは「喬峯」と紹介されています。
 そして、小説の記述は、とみてみると・・・。 第四巻第二十一章で、喬峯が阿朱を伴い天台山の智光を訪ね事の経緯を問いただし、智光が「峯児」の出自の秘密を語り、
 「これから先、おれは喬峯ではなく、蕭峯だ」 と、『峯児』がこれを受け入れた時からです。

 そして、智光が円寂にあたり蕭峯に次のように書き残します。
 「万物一般、衆生は平等なり。 聖賢畜生、一視同仁たり。 漢人契丹、幻たり真たり。 恩怨栄辱、ことごとく灰燼にあり。」
 しかし、蕭峯は心の中で呟きます。
 (仏の道では、善人も悪人も同じ、けだものも王侯と変わりない。 漢人か契丹人かも、さしたる問題ではないのだ。 だが、おれは仏門の弟子ではない。 そう簡単に割り切れるものか)
 このあとすぐに、阿朱が蕭峯にこう言っています。
 「智光大師が書かれたお言葉、『漢人契丹、幻たり真たり。 恩怨栄辱、ことごとく灰燼にあり。』というのは、あんがい正しい道理だと思うのです。 漢人だろうと契丹人であろうと、なんの違いがあるのでしょう?・・・・」
 この智光の遺言は、分別をつけるというような「割り切る」ことではなく、「生き方としてつきつめよ」ということと思います。
 思索・深慮を重ね市井に隠匿するなどの生き方を選ぶ、しかしそうしようとしても世間が許さない、とかが考えうる物語なのですが・・・。 「峯児」はその流れにはいかず、自ら「おかしら=親の仇」をつきつめることに拘る道を選び、故「この世でひとりだけ」のはずだった阿朱を自らの手で失い、まるでその「罪」「業」を背負うように阿紫にとり憑かれ、「喬」と「蕭」の「アンビバレンツ」を恢復できず・・・結末に至るわけです。 
 これは慕容復の「面子と建前」、段誉の「モラトリアム」と同じように、「どこかおかしい、間違いとしか思えない『生き方』を、金庸は敢えて蕭峯に選ばせた」のでしょう。 この三人は「三毒(貪・瞋・癡)」にドップリ浸かったまま結末に至ります。

 更に、智光大師円寂の遺言は、前後で語られるこれらの科白も含めより深いものです。
 普段は恍けた言動しかしない趙銭孫(中華百家姓の最初の三文字というトンデモない名前)の一喝
 「漢人だけが偉いわけではないし、契丹人が畜生に劣るとも限らん、契丹のくせに漢人と言い張って、いったい何になる? 生みの二親も認められずに、なにが英雄好漢だ?」
 雁門関でみた宋兵の「刈り入れ」に遭遇した蕭峯の科白。
 「・・・阿朱、おれは契丹人だ。 今後はそのことを恥と思わず、大宋を誇りとも思うまい」
 ただ、これでは「漢人」から「契丹人」に裏返っただけで、何も変わっていないのです。
 阿紫の 「こいつったら自分の苗字も判っていないのよ。 とんだ間抜けだわ・・・」
 間抜けで良いのです。 漢人の「喬峯」から契丹人の「蕭峯」になるのではなく、「喬」でも「蕭」でもない唯の「峯児」になることが彼の唯一の救いの道だったと想います。 阿朱も阿紫も「惚れた」のは苗字などどうでもいい「峯児」であり、義兄弟となった「段誉」「虚竹」はじめ江湖の後輩達は「峯児」の人間性に共感、尊敬し、憧れているのです。 逆に「「喬峯」・「蕭峯」と「苗字」つきの「峯児」は、世間の俗欲の抗争・謀略のネタでしかないのです。
 唯の「峯児」に「突然習得する武功」のように容易になれる筈は無いのですが、個の「情」(好悪喜怒哀楽)を突き詰めていくなら、「苗字」つきの「峯児」が唯の「峯児」になろうと、「もがきあげく」ところをもっと描いて欲しかった。 その結果の「自死」なら納得がいくし、天国で『二人でひとりの阿朱・阿紫」と「羊を飼いながら草原を闊歩する峯児」』というイメージが残るのですが、今のままでは、父蕭遠山と同じように「魂は生き残って世間の俗欲まみれ」になっているような気がします。 いや、それこそがこの物語の核心なのかもしれませんが・・・。

 最後に・・・・金庸は、「峯児」に「民族」の問題を背負わせたわけですが、神侠侶で郭靖を対異民族侵略への抵抗シンボルとしての愛国「大侠」まで祀り上げておきながら「今更何ですか?」という疑問があります。
 結果的に多くの読者がたどり着く「喬峯」像。 耶律洪基の雁門関での「捨てゼリフ」
 「蕭大王、このたびは大宋のために手柄を立てたな、高位高禄もいまや目前だ」
 に映し出されるもうひとりの愛国「大侠」を創ろうとしたのでしょうか? この科白が「喬峯」に自死を決意させたようなものなのですが・・・。
 それとも、自らが創った「郭靖」・「楊過」という武侠ヒーローの流れを断ち切ろうとしたのでしょうか?
 張無忌・狄雲・狗雑種と続き、令狐冲を経由して韋小宝に続く金庸末期の「主人公」の系譜は、後者だと想います。 この辺は場を改めて書いてみたいと想います。

 次回は天龍八部衆『少林寺』に全員集合・・・です。

 <参考> ・金庸wiki   ・金庸中国語wiki  ・小説天龍八部wiki   ・小説天龍八部中国語wiki  ・仏教天龍八部wiki  ・大理国のwiki  ・雲南大理の観光案内はこのサイトと、 このサイトが充実
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