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楽園の瑕楽園の瑕
(2004/02/18)
レスリー・チャン、トニー・レオン 他

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 さて、令狐冲は風大師叔から「独孤九剣」を授かるわけですが、これはこの写真の方が編み出したんですね。 今回は「独孤九剣」誕生の経緯についての仮説です(笑)。
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 余談ですが、『金庸キャラで誰が一番強いか?』は、「東方不敗」か「独孤求敗」かになりますが、この議論はナンセンスですね。 中の人は同じですから(笑)。 彼女は最強キャラ全面制覇ですね。 同じ林ちゃんでも福州某家の子息とはえらい違いです。 この人を視たくて古装・武侠片に嵌ったようなもんですが、一番好きなのはこれなんです。 で、これは別格です(笑)、閑話休題。
 さて、「独孤九剣」は、私見では天龍八部のこの人に由来します。 正確にはこちらですが・・・。
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 その経緯については続きでどうぞ
 さて、この人「慕容復」ですが、姑蘇慕容家の絶技は、「彼の道を以て彼の身に施す(以彼之道、還施彼身)です。 これは、「敵の命をとるときに決まって当人の絶技を用いる」と云われていたのですが、実は、全ての天下の絶技を究めているわけでなく、「斗転星移」という「返し技」でした。 技を返された当人は死んでしまうので、「斗転星移」は「見た人は死んでいる=誰も見たことがない」のです。(天龍八部6巻33章)
 「王語媛」はご承知の通り「武術オタク」、当時の殆ど全ての武術とその破り方を「脳内」に取り込んでいました。 生きるデータベースですね。 彼女は段誉と結婚しましたが、慕容家への想いは消えず、このデータベースを全て「語媛文書」として慕容家に残したのです。 (この辺以降はMario説(笑))
 この「斗転星移」と「語媛文書」が「独孤九剣」の基です。
 
 ここからは、王家衛の「東邪西毒(楽園の瑕)」の「独孤求敗」誕生のエピソードに繋がります。
 「独孤求敗」は「慕容復」と「阿碧」の子孫である「慕容燕」です。
 ここで元となった武術について・・・・。 「斗転星移」は 相手の技=A(正)の返し技A’です。「語媛文書」は相手の技=A(正)に対抗する技=B(反)です。 これらは重大な欠陥があります。 「斗転星移」の場合Aの特に内力が此方より上の場合、返しきれないリスクがあります。 又、「慕容復」があんなことになってしまい、中途半端にしかその子孫には伝わりませんでした。 「語媛文書」では、「新しい技=An」が出るたびにそれを分析し、対抗技Bnを確立しなくてはなりません。 いたちごっこですし、突然強力な「新しい技=An」に出会った場合、あっさり負けてしまいます。 
 黄薬師との恋に破れた「慕容燕」は、黄薬師ら主流の武林を見返すべく、「斗転星移」と「語媛文書」を元に新しい武術の開発に挑んだわけです。
 なぜ、彼(彼女)は新しい武術を開発できたか。それは黄薬師への想いから「燕」であり「媛」である「二重人格」になってしまった故です。
 まず彼=彼女は、「斗転星移」の考え方である「相手の技を返す」から出発し、「相手が攻めにでる瞬間に隙(破綻)が出来る」「その隙をつき攻める」という、「攻めのみで守りなし」しかし「相手の技に全て対応可能」という一見矛盾する最強のカウンター戦法にいきついたのです。
 又、「湖面に写った自分の影で修行」をした、とされています。 「二重人格」の彼=彼女は「語媛文書」にある、相手の技A(正)と対抗する技B(反)を自ら「同時に」思念し、「斗転星移」の方法で「合」わせることにより、
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AとBを超越した「C」という、「型は一式、そこからは全て変化・応用」・「統合型」の技を編み出した
のです。  それとともに彼=彼女の「二重人格」は治癒し、慕容ではなく同じ鮮卑族の姓である「独孤」を名乗ったのです。
 
 これが、「独孤九剣」の出発点です。 しかし、完成ではありません。 あくまで究極の「剣術=技」であり、「体」「心」が欠けていたからです。 この習得は「神侠侶」で楊過が、「独孤求敗」の剣塚の三本の剣に出会うエピソードに続きます
 続きは次回のお楽しみに・・・・。
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