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 何か話の順番が後先になってあれれと思うところもありますが、ドラマも第5巻に入ってきました。 小宝の阿珂への変態ぶりはいい加減にしてもらって、今回みたくやはり「武闘」シーンを視たいものです。
鹿鼎記・5  経典争奪鹿鼎記・5 経典争奪
(2003/12/17)
金 庸

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 でも、このドラマの「チベット・喇嘛教」を避けて通る検閲、いや改編ぶりは「何が怖いんじゃいあんたら!」と言いたいですね。 清涼寺の行痴大師を襲う場面もそうですが、よく視ると、第20回から21回にまたがって、少林寺にインネンをつけに来た連中は、原作では、ガルダン、呉三桂の総兵、そして「チベットの喇嘛僧昌斉大法師」なんですが、昌斉大法師は「神龍教ののっぽ行者」にすり替えられています。 それも神龍教は、「諷刺の毒」を抜いてただのカルト教団にした上でね。 そして、今回も九難師太を襲った喇嘛僧の一連隊の頭領は「チベットの生き仏ダライ・ラマ座下の大護法サンチェ」と原作では名乗っているのに、ドラマでは「実は神龍教だ」なんて・・・。
 よく話題になるエロシーンのカットは「好きにしてよ」ですが、検閲、いや改編はこの小説の持つ「毒」を全部抜いちゃってますね。

 鄭克爽馮錫範の師弟が陳近南を襲い、小宝が「石灰攻撃」で撃退する、というシーンがありました。 史実で鄭克爽は鄭成功リンク)の孫(鄭経リンク)の子)で、馮錫範をバックに鄭家の内部抗争を勝ち抜き当主になったのです。 その対抗勢力が陳永華つまり陳近南のことです。 国姓爺「鄭成功」は色んな形で文学演芸のネタになっていますが、馮錫範を武功最強かつエゲツナイ悪役にし、陳永華を天地会の伝説の創始者陳近南に結び付けてる所は流石です。

 そして、あの皇太后・・・なななんと偽物。 実の親は「毛文龍」で名は「東珠」、そして神龍教の「のっぽ行者」が情人で、建寧公主はなんと炳春との実の子供! というまたトンでもない「老婊子」だったのです。 ここで出てきた「皮島地図」とは、毛文龍が当時勃興期の清(後金)と朝鮮の戦いの後、最後逃げ込んだ鴨緑江の河口にある島ですね。 毛文龍は結構面白い人で、この時代を背景とした、司馬遼太郎の「韃靼疾風録」陳舜臣の「風よ雲よ」にも出てきます。 この辺は又そのうち・・・。
 「皮島といえば神龍教か・・・」というところで、毛文龍が実は袁崇煥に殺されず、神龍教の洪教主になって三藩の乱を画策した・・・なんてお話なのか・・・? とウキウキしてしまいました。
 史実としては、「中華」を満・蒙・蔵の周縁から囲い込んだ「清朝」ですが、金庸先生は、この清朝を、「神龍教=遼寧・黄海島嶼の明残党+台湾鄭氏政権+雲南の呉三桂+チベット・蒙古の反清勢力+露西亜」という、「もう一つの周縁囲い込み」を「鹿鼎記」に設定したんですね。 嗚呼面白い!

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