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 1989年のあの事件は、日本では単に「天安門事件」としか呼ばれませんが、現代で2件あって、世界が注目したのは「六四天安門事件」です。
 20年に関するニュースの検索・・・
 私は、この時期丁度会社に入って10年弱。 大陸からの材料直接購入が軌道に乗ってきた時期でした。 私はその時期現地には行きませんでしたが、上司が1ヶ月くらい前に北京に居て、又来月来ます、という約束をし、出張する寸前だったと想います。 担当の購入先は「地方」の又「地方」なので全く「そういう雰囲気」はありませんでした。 ただ単に情報の制限と量の問題でしょうが、香港でののショックのほうが多く伝わってきた気がします。
 実際に起きていたことが何か?とか、どうこうするつもりはありませんが、あの時の雰囲気は、長い「どん底」の「皆一緒に苦しい生活をしよう」時代から、急に「幸せ=金持ちになれる奴からドンドンなれ」という上昇気流に乗ろうとして、「乗った人」と「乗れてないよという人」の差が顕著になった時期です。 その根っこの不満「情」と、こうあるべきだという「理」が重なって、一種の「騒乱」状態になったのかもしれません。 ただそれは、民主化という、どう考えてもあの時期あそこで成り立つはずのないお題目の「理」ではなく、前述の「情」が瞬発したような状態だったとおもいます。
 格差という点では、今のほうが拡大しています。 国のありようの大きな選択肢の一つを圧殺し、皆、やっぱりこういうものか・・・と今は思っている(思わざるをえない)のかもしれません。
 
 ただ、自国民に銃を向ける軍隊を持つ国には生まれたくなかった。 でも生まれたらどうしようか? そんな国にはしたくない と、この点だけは今も思っています。

 余談ですが、人民解放軍は、狭義には近代国家の軍隊ではなく、「一政治勢力の私兵」なんですが・・・。
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