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 Jリーグ1部 横浜FM2-1鹿島(詳細結果はこちらから)  岐阜3-1水戸(詳細結果はこちらから) いろんなことをやりながら片手間観戦。

 茨城の両チームには順風満帆ならぬ、冷たい秋風がビュンビュン吹いてきましたね。 そう出来は悪くないのですが、両方とも「形の勘所」を押さえられ、先手を取られて敗戦。 水戸は完全に昇格戦線から脱落。 一方鹿島は優勝争いの興味まで復活させてしまいました。 川崎も負けたらしいですが・・・。

 さて、プロサッカー選手だけでなく、こんな本が出るくらいサッカーを「メシのタネ」にされている方は多いのですが。
 『サッカーでメシが食えるか?―サッカーのお仕事大紹介
 『愛するサッカーを仕事にする本

 所謂、ジャーナリストの方々も多数いらっしゃるわけです。 その中のおひとりサッカー評論家の西部健司さんが昨年7月に出版した、練習メニューの図を並べただけのような「クリニック」ではなく「クロニクル」(年代記)というお題です。
サッカー戦術クロニクルサッカー戦術クロニクル
(2008/07/19)
西部 謙司

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  そういえば、後藤健生さんは、相当足と時間をかけ集めたでであろう史料による、日本代表を軸とした日本サッカー史「クロニクル」を著しています。
 日本サッカー史―日本代表の90年 1917-2006 (サッカー批評叢書)
 日本サッカー史 資料編―日本代表の90年 1917-2006 (サッカー批評叢書)
 これは流石「仕事してますね」と思ったので、西部さんはどんなもんか?と・・・それに、前代表監督がネタにしたゆえか、思い出したように話題になりだした「トータルフットボール」とは何か?が副題。 これはと思って昨年夏休みに読みましたが、なんと中身は「私が好きだった戦術の記憶雑記帳」ではないですか? どこが「クロニクル??」 でした。
 まずは、『はじめに』で、「トータルフットボール」を、史料や実際あった試合などから定義するのではなく、
 ①現代的または未来的印象を与える ②優れたチームプレーであること ③攻撃的且つ魅力的であること
 と、正誤以前の問題で、『抽象的かつ主観的』に定義づけてしまっているので、「これは違うね」とおもいつつ、「まあサッカーファンが、トータルフットボールと思うような戦術の話を書いてあるのでしょう」・・・と思って軽く読みました。 それゆえ内容は「そういえばそんな話も有ったね」程度の記憶です。 題名・副題と中身が違う(よくある話ですが)「おじさんサッカーオタクの薀蓄集」(私にいつも付き合ってくれる皆さん御免ね)です。
 内容も明らかな間違いや、強引な展開で、無理があると思いましたが、あるブログの方が、特に’74オランダの見方とそこからの展開について批判されています。 西部さんは、記事にしている試合をビデオなどがあるのにちゃんとみていない」か、「読んだ資料を勘違い」しているか、「適当に書いたか」ですね。 そういえば、この本には一冊だけ参考文献がありました。 普通はサッカーのほんでも、こういった「年代記」的類は数ページの参考文献や資料及びインタビューした方などの記述があるものです。 後藤さんの日本サッカー史しかり、この本『Inverting the Pyramid: The History of Football Tactics』もしかり。
 更に、なぜか最終章でトータルフットボールの起源」について書いてあります。 「ホントは著者の好みの戦術が羅列」され、こじつけられているだけなのに、読んでいる人は、これが「トータルフットボール」・・・なんだ、と錯覚してしまいますね。 本書はwikiの参考文献になっていますが驚くどころか笑ってしまいました。 
 同時期に発売されたこの本、現在の主に欧州の主要クラブがどんなサッカーをやっている(た)か、の覚書です。 どうも、「クロニクル」の本筋部分は、この本のt共同著者が書いたのか? いや、それにしては「クロニクル」の展開は滅茶苦茶だな・・・と思います。
戦術に関してはこの本が最高峰―これぞサッカーの「戦術学」 全世界30クラブ解体新書

 そうしたところ、今年9月に「戦術クロニクル」第二弾! がでました。 何か言い足らないことでもあったのか? 前作が売れたので・・・?? と早速読んでみました。
サッカー戦術クロニクルIIサッカー戦術クロニクルII
(2009/09/02)
西部謙司

商品詳細を見る

 さてどんなものか・・・更にな○ちゃって「クロニクル」。 副題が「消えた戦術と現代サッカー」です。  『はじめに』曰く、
 最初の本には副題がついていた。 トータルフットボールとは何か? それがテーマだった。 今回はその続編というよりもB面である。 ・・・・・ 現在のサッカーでは消滅しつつある戦術を取り上げた。 ・・・・ メインテーマはメインにならなかった戦術についてなのだ。 ・・・・ ただ、現在廃れているからと言って、魅力がないとは言い切れない。 リバイバルすることもあるだろう。 
 だそうです。 前回にも増して滅茶苦茶ですな、テーマが・・・。 ここで読むのをやめておくのが正解ですが、折角買ったので読み進んでいきました。 目次を途中まで書きます。
 1.「不滅のカウンターアタック」 みんなのカウンターアタック/なぜバルセロナはヌマンシアに敗れるのか
 2.「強者のカウンターアタック」 カウンターアタックの祖「カールラバン」の革新性/エレニオ・エレラと強者のカウンターアタック
 3.「伝統と革新のスタイル」 アズーリの伝統/ダニっシュ・ダイナマイトと3-5-2
 4.消えたマンツーマン1」 ギリシアとオシム/マンマークとリベロの誕生/ドイツ式トータルフットボール
 5.「消えたマンツーマン2」 リベロシステムの変遷/マンマークとリベロの終焉
 6.「ロングボール」 母国のあやまち/ノルウェーの森/現代のロングボール
  ・・・この後は、リバプール・スペイン・バルセロナ・マンチェスターU・チェルシー・ジェノア・・・などの最近の戦術動向を書いています。 そして最後にセットプレー。


 まずは「現在は消えた・廃れた」・・・ええ?、これは今でも戦術の「基本」「重要な一部」であるモノですよね。 著者も本文ではそのような流れで、変化し意味合いが替わって来たとも書いてはいますが、そうすると、単に一作目と裏返しの「作者が嫌いな戦術」なのでしょうか? 何か皮肉・パロディなんでしょうか??
 消えた戦術の最たるものが’74年「トータルフットボール」(独蘭とも)ではないのですか?!

 内容については、前作のような「誤り」があるかどうか、私には検証できるだけの力はありませんので、展開はしません。 ただ、『私が好きな戦術と四方山話』なら、ネットの掲示板やブログの方がもっと面白いし、色々な見方があって楽しいです。
 戦術自体に優劣はなく、それが、目的に見合っており、自他に対し適正であり、使いこなせているか・・・が問題。 それ以前に「結果」によって戦術の合否が判断される、わけです。 結果とは、その試合の勝敗のみならず、そのサッカーに関る人の様々な判断・意見・感情があるわけですね。 大げさに言えば、国民性とか・・・風土とかまでいっちゃいますね。 そういう視点がまったくない訳ではないのですが、「消えた・廃れた」「私の好きな戦術のB面」と書かれると・・・ねえ。
  もし、「見かけ」「評判」「結果的勝利者」の戦術のみが「お好み」の評論家なら、失格というか「お話になりません」ね。 戦術とかを越えた戦い・・・ボールの奪い合い、瞬間的アイデア、弱者とされるが故の「守り」、電光石火のカウンタ、強者ゆえの混迷・力ずくの決勝点・・・歓喜・絶望・・・挑戦・再起・・・。 もちろんこれが全ての出だしであることは変わらないでしょう。 「時代遅れ」とか「誤った」戦術を取っていたとして、それは「One of them」に過ぎないのでは・・・?
 さて、水曜日は水戸対鳥栖を見てきます。 昇格という目標は厳しくなった両者ですが、サッカーを「メシ」のタネにしている彼らが、「次」のためにどんなプレーを見せてくれるか、そういう単純な楽しみ方は「お嫌い」ですか? 西部さん・・・。
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