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 秋風どころか、木枯らしビュンビュンの常陸野で御座います。 鹿島戦の結果はこちらから・・・
 水戸戦の結果はこちらから・・・

 ’74年WC決勝戦は、海外サッカー中継では初めての生放送で、深夜テレビにかじり付いてもうお腹一杯、興奮して寝付けませんでしたが、どうも「一番美味しいところは食べそこなった」ようです。 まあ決勝戦には良くあることですが・・・。
 この記事から続きます。 ’72年西ドイツのシステムの図式です。 尚、実際の試合の背番号と図の背番号は一致しません。 図ごとの比較の為に、①から⑪でふってあります。

72西ドイツ
 映像です。 奇しくも同じ国が決勝の相手・・・(リンク1)  その開始10分くらい(リンク2) (参考リンク3) (参考リンク4-1 4-2 4-3 4-4) (参考リンク 5-1  5-2  5-3  5-4  5-5  5-6
 映像を視て頂ければ一目瞭然ですが、ピッチを縦に長く使って、ボールと人が速く動きます。 ④ネッツアーからのパスで仕掛けて、ワンツー・スルーパス・突っかけのドリブルであっという間に相手のエリアを侵略します。 一息つくと、ウィングから個人技・コンビネーションで崩しに掛かります。 そして、中央で拾って・・・さらに次々に後ろから「車掛の陣」のように、②③含め新手がスペースへ攻めに加わってきます。 ポジションチェンジというより、スペースの「侵略」=invadingですね。
 DFは相手が前に残してる人数に対応していればいいのです。 マンマークですから、そこで負けたら貴方の責任ですよと。
 現在と違うのは、「縦のコンパクト」さと「オフサイド」を求めていないことです。 逆に、「縦の長さ」がある程度無いと、このスペースとスピードは出ないのでしょう。 それ故、後の守備システムは「縦にコンパクト」化していtったのでしょう・・・アンチ・フットボールです。 兎に角、非常にオープンな面白いサッカーだと思います。 素晴らしい突破がキーパーやバーに阻まれ、相手のつまらないミスから点になったり、愉快な試合もあります。
 
 そして、’74年の西ドイツのシステムの図式です。 これは決勝・オランダ戦です。
74西ドイツ
 開始早々のクライフドリブルからのPKなど、伝説の試合のハイライトです。(リンク)  少々短すぎ・・・。
 ’72年との大きな違いは、④がネッツアーからオベラートに替わっていることです。 キーマンをなぜ替わったかは、ネッツアーのケガの影響など色々あったようですが、最後のテストの大会の一次リーグ東・西ドイツ対決で、「東」に負けたことが最後の決定打だったようです。
 このチームは、オベラートらで丁寧に組み立て、縦に急がず両サイドのウイングに一度預けて、そこから、ウイングのドリブル、又は、「内側を上がる⑩⑧⑥など、MFのたてへの突破」を絡めた攻めが目立ちました。 今流に言えば「サイドを使ったポゼッションサッカー?」。 ともあれ、同点のPK及び決勝点となったミュラーのゴールは、この形です。 そして、「内側追い越したて突破」は、この大会で一世を風靡したオランダの「オフサイドトラップ破り」としても、準備されたものだと思います。
 それがこの図です。 ⑦や⑨が一発「裏狙い」するとオフサイドになる。 よって、大外に開いた⑦に一度預けて、内側から裏のスペースに走りこんだ⑥に渡し、そのままのスピードでエリアまで突破する・・・ということです。
74西ドイツ2
 これがうまくいったのは、オランダが速い時間の先取点で守りに入り、それまでの試合のように「前に」出てこなかった、ことも幸いしたのかもしれません。 閑話休題・・・。

 兎に角、西ドイツは、’72年の欧州選手権優勝の魅力タップリで絶賛されたチームとは、かなり別物であったと思います。 もちろん主要メンバーはそのままですし、個の能力・個性の多様さは頭一つ抜けていますが、どうも「一番美味しいところ」ではなかったようです。

 さて、この決勝の相手オランダも、西ドイツの②フォクツがクライフを、マンツーマン・マークしたことにより機能不全に陥り、「美味しいところ」はこの夜はとうとう味わえずでした。 この夜のメインディシュの「美味しさ」(それは、河豚かも・・・)だったはずのものを、後に、R.ミケルスがまとめたものが、この本に記載されています。
 
ヨハン・クライフ―スペクタクルがフットボールを変える (中公文庫)ヨハン・クライフ―スペクタクルがフットボールを変える (中公文庫)
(2002/05)
ミゲルアンヘル サントス

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 その部分を全文引用します。

 1976年にミケルスは「トータルフットボール」の基本的理論を要約した文章を書いた。 フットボールの実践的方法を改革して世界最高レベルまで押し上げ、自らアヤックス、オランダ代表チーム、バルサで実践したコンセプトに関する内容が新聞記事となったのである。 ミケルスの文章を読んでみよう。

 フットボールの改善策は、二つの傾向に区別することができる。 ひとつは、身体条件、戦術、テクニックにおけるかなりはっきりした変更であり、そしてもうひとつは、ゲームのコンセプトにおけるおおがかりな変更だ。 現在(70年代中頃のこと)私たちは、フットボールの発展に決定的に影響を及ぼしているふたつの現象に気づく。 ①トレーニングの強化と質の向上 ②クラブチーム活動外で選手の「自然な空間」が欠如していること。 ひとつめに関しては、特に選手たちの身体条件の向上を目的としており、練習効率、持久力、そしてスピードをこれまで以上に高めることにより、最大限の動きを取り入れたゲームを展開でき、新しい戦術の導入がしやすくなる。 二つめに関しては、その影響力においてネガティブな面が多い。 次々と「条件付き」の選手が増えていき、「自然な」選手が減っていくであろう。 (著者注は省略)
 戦術に関して最新のものは「トータルフットボール」と呼ばれるものである。
 「トータルフットボール」は、アヤックスの選手、監督の調和のとれたトレーニングのおかげで、アムステルダムにおいて生まれ、 1970年代初めに実践された。 アヤックスは数シーズンにわたり、このスタイルをほぼ完璧に遂行した。 1974年のワールドカップでは、オランダ・ナショナルチームが最高のきらびやかな表現を見せることができた。
 「トータルフットボール」の最も顕著な特徴は次の通りである。
 (1) 自分たちのスタイルを展開するために、常にイニシアチブを握ること。
 (2) イニシアチブを握るというのは、当然のことながら、チームがボールをキープする必要があるという意味である。 よって、ボールを「探しに行って射止める」のは本質的な任務である。
 (3) ボールを「探しに行く」のを容易にするために、プレーのフィールドを縮小する。 チームそれぞれのラインは、相手の侵入口をうまく、そして継続的に閉ざさなければならない。
 (4) ボールを持ったら、できるだけバリエーションのある攻撃プレーを展開する。 チームのすべてのラインがこれに加わる。 ディフェンス陣が攻撃に参加することが、「トータルフットボール」と捉えられているが、これは誤りである。 そうではないのである。 しかしながら、ディフェンスを構成するメンバーをはじめ攻撃を構成するメンバー、チーム全員による動きは、このスタイルの目立ったところであり、スペクタクルな特性を備えている。 実践においては、攻撃より守備のフォーメーションをくんでいくのが難しい。 ディフェンス陣が攻撃に参加するよりも、攻撃陣が有効に防御に回る方がはるかに困難である。
 (5) 「トータルフットボール」において、リレー、つまりプレーヤーたちのポジションの相互交換はきわめて大切なものである。
 (6) このフットボールをうまく実践できて経験を積んだチームは、ゲームが激しさを増してきた時も、「ゲームのリズム」を支配しなくてはならない。
 これら六つのポイントが、近代フットボールにおける最新戦術のコンセプトの容貌を描き上げている。 このようにプレーするためには、選手にテクニック、戦術、身体、精神のそれぞれの面でハイレベルな能力が要求される。 それでは次に、このシステムを実行するにあたり、注意すべき基本的な事項を述べてみる。


 かなりこの先も長いので、今夜はここで切ります。 「美味しいところ」はこれからです。
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