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 72年西ドイツ・74年オランダ・・・、今は無き「トータル・フットボール」。 オランダの母体となったアヤックス・フェイエノールトに対し、西ドイツの母体である、ボルシア・メンヘングラッドバッハWikiリンク(以下ボルシアMGと略)の70年代中期の映像を視ていきます。

 ボルシアMGは、70年代に代表はじめ日本が大変お世話になったクラブであり、ボルシア・MGを強豪に育てたバイスバイラー監督(Wikiリンクには、後に就任した1FCケルン監督の時、奥寺さんがスカウトされました。 奥寺さんは古河ですが、元三菱(現浦和)とドイツのつながりも、この辺まで遡ります。
 70年代は、バイエルン・ミュンヘンと2強時代で、ブンデスリーガ優勝は70年代に5回(69-70, 70-71, 74-75, 75-76, 76-77)。 しかし、チャンピオンズカップはバイエルンが74年から3連覇したのに対し、とうとう獲得できませんでした。
 その、サッカーは、典型的「人もボールも動く」サッカー。 70年代前半は、ネッツアーが「司令塔」的に存在していましたが、彼が、レアル・マドリードに移籍してからは、DFのフォクツ、MFボンホフ、FWシモンセンなど個性と組織がバランスしたチームでした。

 そうです、JEF千葉のオシム監督のサッカーを見聞した際、うろ覚えの70年代ボルシアMGが頭に浮かびました。

 まず、77年のチャンピオンズ・カップから、準決勝の対ディナモ・キエフ戦と、決勝対リバプール戦を視ていきます。 その前に続きに、70年代前半のダイジェスト映像を貼っておきます。

何回も載せてますが、’71年チャンピオンズカップ ボルシアMG7-1インテル 幻のゲーム


70年代前半の ボルシアMGvsバイエルン・ミュンヘンの戦い





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