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 アヤックス69-70シーズンは、欧州シーンでは今のUEFAカップ(当時はInter-Cities Fairs Cup)に廻り、準決勝でアーセナルに敗れましたが、国内リーグは、フェイエから覇権を奪い返しし、70-71シーズンはチャンピオンズカップに出場し、優勝するのですが、準々決勝で、前年決勝でフェイエと対戦したセルチックとあたりました。 比較の意味も含め、この対戦の弟1戦、アヤックスホームをDVDでみてみました。
 「70-71のチャンピオンズカップ戦跡」 「アヤックスのヨーロッパカップ戦跡

スコアとメンバー、及び概略の布陣です。
Ajax 3-0 Celtic  60’Cruyff 1-0, 67’Hulshoff 2-0, 89’Keizer 3-0
Ajax: (trainer Michels)
Stuy ; Suurbier , Hulshoff, Vasovic, Krol ; Rijnders, Neeskens, G.Mühren ; Swart, Cruijff, Keizer
Celtic: (Coach: John "Jock" Stein)
Williams; Hay, Craig, Gemmell, Connelly, McNeill, Brogan, Johnstone, Wallace, Callaghan, Lennox, 71ajacel001


 アヤックスのメンバーは、FWに代わりMFに⑦Neeskens(ニースケンス)が入り、布陣としては、4-2-4から4-3-3、’74年WCと同じ形になっています。 この変更は、この本『オレンジの呪縛――オランダ代表はなぜ勝てないか?』(P66)によれば、
 70年4月のシーズン末のフェイエノールト戦でふたたび中盤が崩壊して3-3で引き分けると、ミケルスはフォーメーションを4-3-3に変更した。(小生注:「ふたたび」は69年ACミラン戦のこと)
 とのことです。 前に視た70年アーセナル戦では、ゴール前に攻め込んでも、クリアやこぼれ玉を上手く繋げず「放り込む」か、相手に渡り繋がれてハーフカウンター気味に反撃されることが多々ありました。又、前に視たようにフェイエは、MF3人でその中には、キープ力にすぐれたハネヘムもおり、SBもビルドアップに参加する為、多分アヤックスが「中盤での人数・質」において劣勢であったと推測されます。
 その対応策が、運動量抜群・DF能力もあったニースケンスを、中盤入れたことなのでしょう。 彼は、「カミカゼ特攻隊、前線の兵士のようだった」(上記本P70)といわれたそうです。

 そして、この試合でも、相手陣に攻め入ると、アーセナル戦のようにDF最後尾はハーフウェーラインを越え、セルチックFWの動きを、オフサイドで制限するとともに、クリアやこぼれ玉を拾い、更に攻撃を展開するという流れです。 

 一方セルチックは、70年フェイエ戦からあまりメンバーやフォーメーションは変わっていませんが、この試合を通して、前線に小柄ながら俊足の⑨Wallace(ワラス)を残し、自陣に引いて(押し込まれて)専守防衛気味です。 機を見て攻めあがろう、という流れでした。

 更に、アヤックスでアーセナル戦より顕著だったのは、コンビプレーでの「出入り・流れ」や、マーク相手との関係で本来ポジションから移動するだけではなく、意図的な「ポジションチェンジ」を頻繁・連続的に行っていることです。
 まず、クライフがSBまで下がって来た例です。

 前半開始10分くらいです。 ユニホームは、白がアヤックス、黄色と緑がセルチックです。
(1)セルチックが、クリア気味にアヤックス左サイドへフィードしたボールを、セルチックFWと競り合ったアヤックス選手が確保し、②Vasovic(ヴァゾヴィッチ・橙)にパス (2)セルチックFWがヴァゾヴィッチに詰めてくるが、ヴァゾヴィッチは右サイドへパス (3)このパスは③Suurbier(シュルビア・桃)がうける。 ヴァゾヴィッチは上がっていく (4)シュルビアが前を向くと、⑭Cruijff(クライフ・赤)がFWの位置から下がってくる (5)クライフはそのままシュルビアの後、右SBの位置に移動していく シュルビアは右サイドに縦パス (6)開いていた⑧Swart(スワルト・黄)はワンタッチで中へ (7)このパスはミスで、ワンツーの受け手として上がってきたシュルビア(桃)と、右前線にいたニースケンス(水色)の間に落ち、セルチック選手が奪い、 (8)カウンタの縦パスを出す・・・続きは下の画で、
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 (9)(8)のセルチックの縦パスは、センターラインにいたヴァゾヴィッチ(橙)がカット、その際、右SBになっていたクライフ(赤)がカバーに戻ろうとしている (10)セルチック選手に詰められたヴァゾヴィッチ(橙)はクライフ(赤)にパス (11)&(12)クライフ(赤)は、奪いに来たセルチック選手をかわし、 (13)ドリブルで前進 (14)縦に浮き玉でフィード (15)これを、上画(7)の後、最前線に残っていたシュルビア(桃)が、ヘディングで落とし (16)元々は左FW(上画(7)で、一番奥?)のカイザーが拾って、1対1・・・
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 ということで、相手のクリアボールを拾ってからの連続攻撃ですが、最後元々のポジションでプレーしていた選手は殆どいません。 敢えて言えばCBのヴァゾヴィッチ・④Hulshoff(フルツホフ)が、本来の位置に居た程度です。
 この様に、ある選手が前のスペースに出て行ったときは、いなくなったスペース(ポジション)を埋め、守りに入ればそこに現れる相手選手をマークする。 又は、ある選手が動き出した跡のスペースに誰かが上がり・・・と連続していきます。
 この場合、クライフが、上画(4)でボールを「もらう」為だけに移動してきたとすれば、そのまま右SBの位置まで下がる必要はありません。 シュルビアのワンツーなりドリブルでの上がりを、察知したか促する意味での移動と思われます。 そして(6)では、CFクライフが居なくなった跡には選手が移動しており、3人のFWがチャンスボールを待ち構えて居ます。 更にシュルビアは、攻めが一度切れた後、右SBに戻らず、右FWになったまま、ポストプレーをしています。
 これがリレー、つまりプレーヤーたちのポジションの相互交換、「ローテーションサッカー」といわれる姿なのでしょうね。

 試合は、アヤックスが「押し込み」つつ、前年より「放り込み」はあまりせず丁寧に崩していこうとしますが、セルチックが、今風に言えば4-4-1-1(4-1-4-1)の守備ブロックを造り、そのバランスの範囲で、上手くマークをしていき、中々決定機を与えません。 クライフのスピードに乗ったドリブルチャレンジぐらいが「見せ所」です。 そのまま、後半半ばまで進みます。
 時間が経るに従い、スイーパー(リベロ)のヴァゾヴィッチが再三中盤に上がり、繋ぎと組み立て役をやっており、時には、ゴール前まで進出しています。 この際、必ずセルチックのFWの人数に対応したDFの人数が、ヴァゾヴィッチに「代わって」残っており、「ポジションチェンジ」をしています。 単純に「前に出て行った」訳ではありません。

 そして、アヤックスの先取点は、60分(後半15分)あっけなく入ります。
(1)ゴールキックを競ったボールが (2)セルチックDFの間を抜け、裏を狙っていたクライフ(赤)にわたり (3)ワントラップ (4)シュート、低いライナーがキーパーを抜き、ゴール
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 (1)の競り合いの際、アヤックス選手が裏へ流すような競り方をしていますが、まあ、決まる時はシンプルですね。

 更に、先取点の7分後、エリアすぐ外でクライフがシュミレーション気味に得たFKをフルツホフが決めて、追加点。 最後は、セルチックが人数を掛けて反撃してきたのを抑えつつ、終了間際に、H&Aでも勝負有りといえる3点目を入れます。
(1)アヤックスのロングボールをセルチックがヘディングでクリア (2)これをアヤックス選手(黄)が拾い、シュルビア(橙)へ繋ぐ、その時クライフ(赤)が、外へ開く (3)シュルビア(橙)は、クライフへボールをはたき、前のスペースへマークを連れて移動する (4)クライフはターンでマークをかわし、(5)中へドリブル (6)(1)で左から中へ入ってきていたカイザー(桃)は、ノーマークになっており、クライフはカイザーへパス
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 (7)カイザー(桃)は、あわてて寄せたセルチックDFをかわし (8)前に押し出して (9)シュート・・・ゴール

 この試合の後、準決勝でアトレチコ・マドリーを0-1,3-0で破り、決勝はギリシアのパナシナイコスを2-0で破ってチャンピオンズカップを獲得します。
 そして、このシーズンがミケルス監督最後の年でした。 このセルチック戦はミケルスの「トータルフットボール」の原型であり、ある意味完成形だったのかもしれません。

 次は翌年のチャンピオンズカップでの戦い、準々決勝アウェーのアーセナル戦、これは、初戦2-1で勝った第2戦ですから「負けない」試合。 そして、決勝のインテル・ミラノ戦を見てみます。
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