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韃靼疾風録〈下〉 (中公文庫)韃靼疾風録〈下〉 (中公文庫)
(1991/01)
司馬 遼太郎

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 下巻に入り、舞台は一度蘇州へ飛び、更に李自成による北京占領と、清の入関・北京入城と続きます。
 この小説は、清末・明初の歴史を辿ることによる一つの文明・文化論であるとともに、一つの「物語」=「小説」論を孕んでいます。

 小説からの抜書きです。

 庄助のみるところ、兵は女真人のほうがつよい。・・・が、将たちはどうであろう。・・・将という器にあてはめると、なにか欠けているのではないか。
 将は、兵ではありえない。 まず、将は、質朴ではない。 商人のように露骨な軽量計算の上に立ち、剽盗のようにずるがしこく、巫人のように衆に慕われ、その慕われていることをよく知り、それに乗じてよく味方をもあざむく。 当然敵を誑かす。・・・
 明人にはいる (やはり、明人は華であるということだろうか) 華という文明の蓄積が、そういう人間をつくりだすのだろうか。


 袁崇煥にかんする一節で、
 忠とはマジメという意味であり、義は自然の情にそむく無理なことを倫理上の要求でもってやることをいう。

 庄助は、日本の鎖国により、主命が消滅するとともに帰国も不可能となる。 一方、一族を滅せられたアビアも、「清」にはなじめない。 そういう時期の二人の会話。
 アビアは言う 「漢人はえらい」・・・ 「庄助どのに、漢人ほどの胆のすわりかたがあれば」・・・ 「漢人ハ食ヲモッテ天トス」 食をもって天とするものこそ胆というべきではないかという。
 庄助は言う 「・・・・そういう胆のすわり方は、わしのできるところではない」

 
 ドルゴンにより、蘇州行きを命じられた庄助にアビアがいう。
 「女真人にとって、漢人は違うのです、人間として。 そのいちばん大きなちがいは、漢人のたれもがパン(帮・幇)を持っていることです。」
 漢人は横のつながりで生きている。・・・儒の五つの徳目の一つである信によってこの見えざる綱は強くむすばれているのである。


 江南に着いた庄助は、若き鄭成功と会い、会話を交わす。 鄭成功は言う。
 「人は容易に自分自身を変えることなどはできないのです。 李自成はそれができた男です。」
 「李自成も、闖王の時期から漢の劉邦のまねをしています。」
 「平等に土地をくばる、ということです。」
 「英雄よく人をあざむく」


 臨安(杭州)に着いた庄助は思う。
 人間はなぜ生きているかなどという天竺の聖者や哲人が考え込んだ課題は、安直な居酒屋でほのかに酩酊したり・・・・、人の世の第一義の苦は煙のようにきえてしまうばかりか、そういうことを論ずる手合いまでが野暮に見えてしまうに相違ない。

 蘇州から戻った庄助は、日本へ帰国したい旨、満洲の朋友バートラに打ち明ける。 バートラは言う。
 「テラ(それは)・オジャラック(いかん)」
 「グッチュー・ゴーニン。 これは(日本語で)何という」
 友情という意味である。 ところが、とっさに日本語としてのそれを思いだせず、・・・同時にわが身の中にそういう感情が虚ろであることに気づいて狼狽した。 
 

 陳円円が、北京へ行く際、多数の縁者を連れて行く。
 「孝」 の至高の徳目は、単に自分の両親へのものであるなら、力になりえない。 孝は、両親に対してだけでなく、両親に準ずる血縁の長者に対しても、同様に発現されるべきものなのである。
 彼女は「孝」という道徳の奴隷になった。 しかし彼女自身その風土で血肉を養ってきただけに、彼らに対してよく扶助の義務をはたした。


 この後、庄助とアビアは日本へ唐人として渡り(帰国し)、「唐通事」となった。 と言うお話です。

 小説の最後はこう終わっています。

 それはべつとして、庄助やアビアはいつ死んだのであろう。
 そのことを詮索する根気は、筆者においてもはや尽きた。


 これが、司馬遼太郎、数ある小説の最後の一句です。 『根気が尽きた』をどう読むか、難しいですね。 私は、「そんなことあまり重要ではないことだと感じている」と、読みました。 決して小説というものへの絶望や断念ではないと思います。

 そして、司馬遼太郎が、繰り返し使った言葉が「数奇」、上巻で、満洲の大夫人の科白を、後にもう一度持ち出しています。
 庄助は彼女とかわしたいくつかの会話をわすれずにいる。・・・・・
 「漢人の地には人の数奇はある。 しかし、胡地にはない」
 「胡地にあっては、人はことごとく数奇です。 すべて数奇であるがために数奇はないにひとしい。」 
 漢土にも当然ながら人間の上にふしぎな運命が見舞う。 しかし、まれにしか見舞わないためにひとびとはそれを数奇とし、物語をつくるのです、 といった。


 つまり、人間の上にまれに見舞うふしぎな運命=数奇。 その物語・・・文学表現が「小説」である・・・であると。

 そして、文庫版のあとがきに作者はこう書いています。
 『女真人の勃興からかれらの入関までのあいだ、人も事件もことごとく数奇である。
  気圧されるようにして、この作品を書いた』


 仮に、歴史=事実でひとつ とすれば、数奇=物語は、歴史の『中』にではなく、全く別物で、人の数だけあるのではないか、と思います。
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