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 ウルグアイの終了間際のハンドは色々物議をかもしそうですが、PKを失敗したのに、PK合戦の一番手で出てきて、ゴールの上スミに決めたアサモア・ギャンは「漢」です!。

 ブラジルの敗戦は、ああそうですか・・・という感じです。 元々お祭りチームが最後自爆崩壊・・・なら面白みもありますが、アレじゃあね。 これでドゥンガ日本代表監督が濃厚??(苦笑)  でも西村主審いいじゃないですか・・・

 さて、岡田「AからB」への「進化(爆)」はどのようなプロセスで出来上がったのか、 多分「リアリスト」岡田Bが現れるとは思っていましたがあまりに見事でしたのでねえ・・・。
 その辺をDorogubaさんが、関連する記事を紹介(リンク)されています。 もう少し、色んな内輪話が出てから書いてみよう、と思いましたし、それ風の「物語ルポ」本も出るでしょうが、まずは一区切り整理します。

 スイス合宿の前には中村俊を外すことは決めていたんですね。 そして、阿部を入れた。
 その理由は前に紹介したこの記事によると(リンク)
 スイス合宿から、中盤の中央に長谷部と遠藤、その背後に阿部、左右のMFと1トップを置き、中盤を厚くする布陣に切り替えた。
 4月のセルビア戦と韓国戦で守備が崩壊状態に陥ったため、「戦術変更」は守備重視とみられていた。しかし、岡田監督は「本田を使う場合、本田は前線からボールを追うのは無理なので、守備が必要になる。W杯を勝ち抜くために考えた」と、本田の1トップ起用を念頭に置いた布陣だったことを明らかにした。

 この辺を読むと、最後の本田ワントップはジンバブエ戦からなのでさておき、『本田を使うには阿部をMF』で使うという選択のみで、『守備をより強化する、前からのプレスを放棄してリトリートする』とは、スイス合宿入り時点では決めていなかったようです。

 では、あのリトリートディフェンスがどうできたかこの朝日の記事では(リンク)
 起点は5月27日だった。大会直前のスイス合宿。午前中の紅白戦で、岡田監督は主力組から中村俊を外し、MF阿部(浦和)を入れた。その夜、宿舎で選手だけのミーティングが開かれた。
 1時間を超える話し合いの焦点は、不振の原因だった守り方に絞られた。個々が思いをぶつけ、意見はまとまらなかった。「FWが前から追わなければ重圧をかけられない」「とはいえロングボールを1本通されて失点する。後ろを固めた方がいい」。殺伐とした議論。関係者によると、主将のGK川口(磐田)は「ミーティングをやらない方がよかったのでは……」と悩み、岡田監督に内容を伝えるかどうか迷ったという。
 「監督がぶれている」と戸惑いを隠さない選手も数人いた。一体感という言葉は、およそ似つかわしくなかった。
 そんな集団を束ねたのは、追い込まれた選手に芽生えた危機感だった。代表は勝つことでまとまると感じていたMF遠藤(ガ大阪)は練習後、MFを集めて守り方の意思統一を図るようになった。DF闘莉王(名古屋)は宿舎で何度か守備陣を集めて「『へたくそ』なりの泥臭いサッカーで勝とう」と訴えた。


 そして、報知のこの記事によると(リンク)
 「あれをきっかけに選手が個別に話すようになった」。主将のGK川口が振り返るのは5月27日夜の選手ミーティングだ。韓国に0―2で敗れ、スイスに入った。チーム状態はどん底。話し合いは前線から積極的にプレスにいくかどうかで攻撃と守備の意見が対立した。穏やかな雰囲気ではなかったが、腹を割って話したことで選手は目覚めた。自分たちでやらなきゃいけない。以降、ピッチ上でも意見をぶつけるようになった。
 その2日後、イングランド戦前日の非公開練習では選手が口々に意見をぶつけた。岡田監督が紅白戦を止め、スローインからの戦術を指導している時でも、選手の激しい言い合いは止まらない。関係者が「非公開にしたいのも分かる。誰も監督の話を聞いていない」と振り返るほどだった。
 意見の割れた守備戦術は、プレスに行けないところは中盤でブロックを作るというやり方で落ち着いた。岡田監督が阿部をアンカーに起用しただけでは機能しなかったはずで、選手たちが世界相手に泥臭く戦おうと誓い合い、意思統一をしたからこその新システムだった。


 更に、この日刊スポーツの記事では(リンク)
6月4日のコートジボワール戦で、亀裂は爆発する。0-1のハーフタイムで、岡田監督は闘莉王の攻撃参加を自粛するように伝える。しかし、攻めに執着する闘莉王は聞く耳を持たない。岡田監督は中沢に闘莉王の説得を託すが、反対に闘莉王は選手を集めて、自分たちの判断を尊重して戦おうと、団結を呼びかけた。完全に岡田ジャパンは死に体になっていた。
 実はW杯直前のスイス合宿中に、チームキャプテンの川口が岡田監督に選手の思いを集約して伝えている。岡田ジャパンの原則である、前線からのプレスに対し、チーム内からは疑問の声が上がっていた。「無理に前線から追い回しても限界がある。もっとブロックをつくって守るやり方もある」。こうした選手の言葉を代弁した川口の進言に、岡田監督は理解を示した。
 この日、岡田監督はチームの戦い方について、初めて具体的かつ明確な説明を行った。
 岡田監督 守備というのはまじめにきっちりやれば、誰にでもできる。守備はいろんなやり方がある。だが、攻撃はセンスが必要になる。そこで(得点力、決定力のある)本田が必要になる。だけど本田は前線から追えない。だから(守備を)どうするんだ、ということになる。全体を考えてチームの戦い方を考えた。


 前記の「この日」がどの日か? 川口が上申した日か?コートジボアール戦後か?少々解りづらいですが、コートジボアール戦後とすると、ここまで全く守備のスタンスは「宙ぶらりん」だった訳ですね。 そして「初めて具体的かつ明確な説明を行った」って?どんな内容なのか?それ以前にこの期に及んでなのか???大いに疑問の一文です。
 攻撃のほうも本田ワントップはその次のジンバブエ戦からですから、攻守双方とも大混乱状態だったのは間違いないようです。

 本田を攻撃の主役にする為、中村俊に替え阿部を入れる。 これは戦術的理由ではなく、この記事で取り上げたデンマーク戦後の監督インタにあるように、
 (不調の選手の調子が)戻るんじゃないかという期待をしていたが、踏ん切りをつけなきゃいけないところがきて、起用法、システムを変えました。
 単に中村俊が不調なので本田軸に変えた。 その為に阿部を入れた。 ということになります。 本田はそれまで、中村俊のいるシステムで十分に機能したことがないのでかなり矛盾した物言い・・なのはさておき、『戦い方を大きく替える必要な感じていなかった』のは間違いなさそうです。 よって、デンマーク戦後でも
 重圧や不調がなかったら、前のやり方でもいけたかもしれない。これはまあ、わからないですけど、自分の中ではそう思っています
 と本音が出てしまったようです。

 とにかく、あのリトリートディフェンスは、監督のトップダウン指示ではなく、選手のボトムアップなのは確かなようです。
 もちろん、選手がチームのありようの詳細や不具合点の修正を話し合いながら解決する。 意見や疑問点を監督コーチに問いただすのは当然ですし、感情的な諍いが起きることもあります。 しかし、ここまで「戦い方の根本」をトップダウンできていない(していない)となると、岡田B監督は「仮」だったのかもしれません。
 02年トルシエの「上がれ」を無視したDF陣とは、お互いに違うと思います。 現場の実態なんてこんなものよ・・・という言い方もできるかもしれません。 柔軟で変幻自在で応用が利く監督??・・・それはここまでの2年半のありようも含め評価しないと意味がないでしょう。 ここまで追い込んで選手の自主性を引き出した??・・・それは高校教師ではあるまいし、ワールドカップの監督のありようとしては「邪」であり「誤」ではないでしょうか。

 無間地獄に落ちた岡田A監督。 そして虚仮だったB監督。

 それにしても、スイス合宿で、それぞれの置かれた立場や想いはあるにしろ、多分「死ぬほど・逃げ出したいほど」悩み考えた選手たちは本当にご苦労様でした、と改めて云いたいです。 その試合内容から、「記録に残るが記憶に残らない」などといいましたが、あのカメルーン戦こそ、無間地獄に墜ちず踏みとどまり、無間道まで這い上がれた日本サッカーの大きなマイルストーンとして記憶されるべきと思います。

7/4朝追記
 更にDorogubaさんの記事からの孫引き(リンク)で申し訳ないです。
 上記の 「前記の「この日」がどの日か? 川口が上申した日か?コートジボアール戦後か?少々解りづらいですが、コートジボアール戦後とすると、ここまで全く守備のスタンスは「宙ぶらりん」だった訳ですね。 そして「初めて具体的かつ明確な説明を行った」って?どんな内容なのか?それ以前にこの期に及んでなのか???大いに疑問の一文です。」
 は、6/10付けのこの記事(リンク)にある4-3ゾーンDFだったんですね。 コートジボアール戦は、リトリートしたらマンマークだったようです。
 改めて順に追っていくと
 1)スイス合宿開始時には従来型前プレスを基本としつつ、中村俊を外し、本田を機能させるために阿部を入れることとした
 2)選手が、1)のシステムでいくならリトリート型へ切り替えたほうが良いという意見を提案した
 3)イングランド戦は1)のシステム(見掛4123・実態4141)で結果的に押し込まれる場面が多かった(イングランド戦試合レポート・リンク) (小生記事
 4)コートジボアール戦の結果(試合レポート・リンク)、(小生記事
  すでに「後ろでコンパクト・裏を取られ無い」を基本にしており、試合後43の3のところをゾーンにする考えを取り入れた。
 5)ジンバブエ戦で433布陣決定 本田ワントップ・松井のサイド起用 (ニュース記事
 そして、本大会で起きたことは、
 6)カメルーン戦はマンマーク的に (カメルーン戦試合レポート・リンク1) (小生記事
 7)オランダ戦は待ち受けゾーン (オランダ戦試合レポート・リンク1) (小生記事
 8)デンマーク戦はやや前掛りの4ー2から修正 (デンマーク戦試合レポート・リンク1) (小生記事
 9)更に、パラグアイ戦は4-3からの修正 (パラグアイ戦試合レポート・リンク1) (小生記事

 もちろんこういった実戦戦術は、対戦相手や試合でのありようで「その時」になって「詰められ」て機能するもの・・・でしょうし、監督が一から十まで決めるものではないわけですが、最後の最後で選手の自主性とコーチングのコラボレーションが完成しました・・・というのは、やはり違和感と異議がありますね。 まあ、攻撃面で本田は使えると思って残してきて、最後当たったのは成功なんでしょうが・・・。

 「虚仮だったB監督」は言い過ぎかもしれませんが、仮中に真あり、とまでは、やはりいえませんね。

 まあこの辺でおわり!・・・
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