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 さて、陳舜臣先生も、コネタ・薀蓄を結構織り交ぜてくれますが、この小説の後半にこんな一節がありました。
戦国海商伝〈下〉 (講談社文庫―中国歴史シリーズ)戦国海商伝〈下〉 (講談社文庫―中国歴史シリーズ)
(1992/11)
陳 舜臣

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(斜字抜書き、・・・は中略)

 元宵節がすむと、琉球貢使は帰り支度をはじめる。 ・・・
 「燕九がすんでから出発ぞ。」・・・
 正月十九日は、西便門外の白雲観で「廟会」がおこなわれる。 大規模な縁日である。
 白雲観はもと長春観と呼ばれていた。・・・ 長春真人と号した、元の邱処機百度リンク)が成道した地であるという。 彼の誕生日が正月十九日であるとされ、その日に大廟会がひらかれたのだ。 燕京の十九日を縮めて「燕九」と呼ばれた。
 白雲観には、閹人(えんじん)の信者が多い。 閹とは去勢をすることを意味し、閹人とは宦官のことにほかならない。 長春真人は 「自閹」(自らすすんで去勢手術を受けること)の人といわれ、そのために、白雲観には宦官の参拝者が多いのである。
 かといって、長春真人は宦官ではない。 みずから欲望を断ち、成道するための「自閹」であった。 閹と燕そして邱と九は同音なので、この日を「閹邱」と解する人もいるようだ。


 へええ・・・そうなんですか?。 宗教の修行で「自閹」するのは聞いたことがありますが、丘処機の話は始めて知りました。 道を究めるために「自閹」する・・・、下の写真の皆様はご同輩ということになりりますね。 
enjin01
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