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「Jリーグ」のマネジメント―「百年構想」の「制度設計」はいかにして創造されたか「Jリーグ」のマネジメント―「百年構想」の「制度設計」はいかにして創造されたか
(2004/09)
広瀬 一郎

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 先日はサッカー日本代表にブツブツ云ったが、そこで、『所詮代表チームはその国の日常やってるサッカーの「最大公約数」にしかならない』と書いた。 では、その日常である「Jリーグ」についていかがなものか、ということになる。
 結論から言えば、『「ビッククラブ」といえるチームが結果的に現れて欲しい。』のである。 では、ビッククラブとは何か?といえば、『長期にわたりそのリーグの「人・物・金」において「量・質」ともに頂点にいる、「いようとする」クラブ』、こういうチームが現れて欲しいのである。

 欧州各国のリーグには100年以上にわたる歴史の結果、所謂ビッククラブが存在し、その集合体であるUEFAチャンピオンズリーグが組織されている。 真似をしろというわけではない。 欧州の現在ビッククラブといわれるどのクラブも、「地域草の根」からそのリーグの「勝者」となり、それを「継続」する努力をしてきた結果である。 歴史的現在というやつである。 これについてはさておく。
 なぜ、ビッククラブなのか? 日常の「闘い」を「継続」していくと、それなりの「リーグを勝ち残る形」が出来てくる。 「勝ち」かつ「魅力」あるチームには「お客様」がつき「収入」が入る。 そして「強さ」が「再生産」され、勝ち残る形も変化しつつ「日常の闘いのレベルが上がる。 その「勝ち残ったサッカーの形」がそのリーグの「最大公約数」になる。 もちろん、肝心なのは商品たる「サッカー」そのもので、そこに画期的な戦術や驚異的能力の選手が他のチームに現れるだろうし、一度は「ビック」となったクラブが蹴落とされるか自滅することもあるだろうが、継続的かつ総合的な競争の結果、やはり一握りのチームに「強さ」が集中、つまり「寡占」=ビッククラブになるはずである。 今や構想や制度の問題ではない。
 今、Jリーグはまだ(もう)16才である。 まだビッククラブがどこかとか、らしいとかの議論は早すぎるし、もしそういう錯覚をしているチームがあるとすれば『「ストック」が少なすぎますよ』といいたい。
 100年待てということではない。 現在見るべきなのは、どこがそうなろうとする努力をしているか、マーケティングではなく商品たる「サッカーそのもの」で結果を出し続けようと、又出しているか、である。 サッカーそのものが結果を出し続けられるのは、つまり「日常」において「継続しうる」のは、前述したように「個人能力のの優位性を前提」「特定の指導者にしか出来ない」サッカーではないのくらい自明であろう。
 具体的な絵柄としては、1)東西「かたき同士」の如き2大ビッククラブ  2)下克上を狙う南北の二番手2、3チーム。 この計4、5チームのサッカーは個性はあるにしろ「リーグのスタイルとして収束されてきた形」、あるべき姿は相当はっきりしている。 3)数チームの「一泡吹かせてやる」気概のある、ユニークな戦術やガンバリの効くチーム群。 これは入れ替わり立ち替わりで良いしその方が面白い。 これが理想である。
 現状は、1)東西「かたき同士」の如きビッククラブ のみが存在しないのである。 そして、3)のチームにリーグのスタイルの「あるべき姿」を求めるのは、はっきり言って「間違っている」。
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